このページは私が最近想うことを書いています。賞賛、比較、反論、感想、感動、批判、
でもいちばん多いのはグチだな。やっぱり...
CONTAXの終焉
2003年12月23日にCONTAX一回目の生産完了商品のお知らせがありました。それ以前から噂はあったのだけど、まさかいきなりこうなるとは...。続いて2004年2月に二回目の生産完了のお知らせ。この時点でCONTAXのカメラ殆んどが入ってしまいました。んで4月にカメラ部門からの撤退のお知らせ。発売されて間もないNシステムやGシリーズ、デジカメも全て終了。お詫びも感謝もなくただのお知らせで終わらされてしまった。  RTS1の発表から新製品を出す度に他のカメラメーカーに影響を与えてきたCONTAX。 終わっちゃうのね...
いつかはCONTAXと思っていた時にあるコマーシャルカメラマンの方と話すことがあって“CONTAXってどうですか?”と聞いてみたら“ヘリコイドがダメになる位、使ったよ。綺麗だよ”と言われたのです。ほんの一言だったけどえらく重く感じたのです。
その後、休日にスナップを撮っていた時、カスミの向こうに山がうっすら見えていました。何気に撮って現像してみたら、山が写ってない。 なんでよ!
上司に相談してみたら“CONTAXでないと写らないよ”と言われCONTAX購入を決めたのでした。
仕事柄いろんな写真を目にしてきたけどCONTAXの写真を見たときは感動しました。瞳孔が開きましたもん。 繊細な線と重厚な色とでもいうのでしょうか。リアルでありながら雰囲気があるとでもいうのでしょうか。ただ、ただ溜め息がでました。
それからCONTAXで撮って仕上がり見る度に“カメラに救われたな”と思うこともよくあります。と言う事はやっぱりまだまだ未熟者なんですね。日々此修行也。頑張ろっかな...
ちなみにスタンリーキューブリックの【バリー・リンドン】の室内シーンはツァイスのプラナーで撮影されています。50mm,F0.7だそうです。CONTAXで撮ると、どう写るの?という方は一度御覧下さい。参考までに...
フィルム?デジタル?
2年程前から色んな雑誌などで言い尽くされた言葉ですが私なりの考えを書いとこうと思います。
2005年5月現在でコンパクトタイプのデジカメの平均画素数で600〜400万画素、一眼レフタイプで1200〜800万画素、35oフルサイズのCCD搭載カメラは4機種。 だいぶ性能上がってきましたね。
でも私は個人的にフィルムが好きです。デジカメも持っていますがほとんど使っていません。理由はまだまだフィルムにかなわないから。  今現在のデジカメのCCDのサイズはフルサイズCCDの4機種を除いて普及タイプの一眼レフでフィルムの半分、コンパクトタイプだとさらに半分近くの大きさです。CCDの大きさはここ3年でほとんどおおきくなっていません。大きくなったのは画素数のみでこれは根本的な性能UPではありません。小さなCCDで受け取ったデータを無理やり増幅させて水増ししているようなもので、根本的な性能UPはCCDの大きさのUPのはずです。フィルムカメラでは35oよりフィルム面積の大きい中版カメラの方が画質が上なのは常識ですから。しかしデジカメでは根本的な性能アップはまだまだで画素数のアップのみ優先されました。確かにパッと見には綺麗です。カタログ上でも画素数アップは数字で表されるのでわかりやすいです。でも写真撮ってみると無理やりの性能アップのひずみがあちこちに見えます。シャドウ部のノイズであったりモアレであったりホワイトバランスのずれからくる色の濁りであったり。フィルムの場合だと“味”という表現ですむ事がデジタルの場合は“雑味”になってしまうのです。普段何気に撮る分には気にならないことですがちょっと条件が悪いと『アチャ!』という風になるのがデジタルの現状です。
仕事でフルサイズCCDのカメラを使ったことがありますがコイツはスゴイ!PCの画面上でどんどん拡大しても余裕、たぶん視力4.0位の人はこういう風に見えるのではなかろうかと思えるような緻密さがあります。4X5のポジで上半身を撮ると顔の毛穴まで写るのですがそれに近いものがありました。
データ管理の面からもフィルムはネガなりポジなりプリントなり“形”として残っているのですがデジタルの場合はPC上にデータという形でしか存在しません。PCがないとデータ自体が存在しなくなります。jpg、tif、bmpといった拡張子もいつ切り換わるかわかりませんし...。
またデジタルはあとから修正がきくと思われがちですが実際はそれほどではありません。RAWデータであっても極端な露出間違いはアウトです。jpegだったらなおさら...。むしろネガをスキャンした方が無理が利きます。デジタルの利点はその場で画像を確認出来ることです。

カメラが家庭に普及し初めた時はモノクロフィルムに単焦点レンズでした。それからカラーフィルム、AFカメラの登場、レンズ付きフィルムカメラが出てデジタルカメラ、次にケータイ電話のカメラ。カメラが身近になるにつれて段々写真の質が堕ちてきてると思います。レンズ付きカメラがでる前あたりが一番綺麗な写真が普及したと思います。家庭にあるアルバムを見るとわかりやすいですが最近ではケータイの中だけで写真にさえ、なっていません。個人的に写真はその時の記憶であって思い出だと考えているので、“大切に撮りたい”と思っています。【お手軽な写真=使い捨ての記憶】のような気がして好きになれません。
そうそうデジカメのシャッター音って、どうしてフィルムの一眼レフの音なのでしょう?いかにもフィルムカメラのニセモノですっていう...妙な違和感を感じます。そのうちこれがフィルム一眼の音だと知らない世代がでてきそうです。
Win?orMac?
只今、自宅ではWindows,職場ではMacを使ってます。Macは使い始めてまだ一年ですが感心する事ばかりです。基本的な操作は余り変わりませんが、小さな点が微妙に違う。そのほとんどがMacの方が使い易いのです。人間的というか、直感的というか。具体的な違いはここでは書きませんが、間違いなくMacの方がいい!
Windowsは事務用、Macは趣味用といえば近いでしょうか。本体のデザインもソフトもアイコンのひとつをとってみてもMacの方がカッコいいのです。Macを使っている人は必ず「Macの方がイイ!」といいます。私はそれは少数派のヒガミだと思ってました。でも実際に使い始めると「Macの方がイイ!」に変わってしまいました。それから決定的だったのは写真の見え方の違いです。Macのphotoshopで見た写真は立体感があってグラデーションも綺麗に表示されます。一方のWindowsの写真はコントラストとシャープさで表示している感じがしてきます。Windowsで写真を補正して同じデータをMacで見ると「ン?」と思うのはよくあります。
やっぱりいつかはMac! マイナーでもいいか!
そういえばWindowsユーザーは『Windows派』、Macユーザーは『Mac信者』と言います。
言い得て妙だと思いません?
表現の即応性
私、自分の表現手段として写真を使っています。人によっては絵画だったり、踊りだったり、音楽だったり様々な表現手段があります。今はデジタルカメラのおかげで写真を趣味のする方が増えているそうです。
余談ですがニュース番組でアンケートをとった結果、この秋始めたい趣味は料理、陶芸等々がきてトップはダントツで写真だったそうです。
その写真についての不満!。
CherryRedGrungeの写真を撮っていていつも思うのです。写真もその場で見せる事が出来ればと。音楽をやっている人は楽器でその瞬間に自分を表現する事が出来ます。写真の場合は撮って、持ち帰って現像してデータ化、プリントといった手順でやっと見ることが出来る訳です。この遅れをどうにかならないものかと思います。
瞬間、瞬間を切り取っているのにそれを見せる事が出来るのはその瞬間の記憶が薄れた頃なのです。
音楽は一瞬で消えてしまう『音』を巧みに織り上げて作る芸術だと思います。瞬間、瞬間が勝負。同じ音は2度と生まれないものだと思います。(ライブの場合ですよ) それを撮影しているカメラマンは例え感動したとしても、それをその場で表現する事は出来ないのです。自分の思いはカメラの中に閉じ込められていますから。
結構ジレンマなのです。コレ。
デジカメで撮って液晶画面で見せても、それは確認画面であり、サムネイルであり、簡素化された写真でしかない。なにかいい方法はないかと思っています。唯一近いのはインスタントカメラですが、画質は無視、1枚あたり200円というコストも無視しないといけませんし...
音楽や絵画など、その場で自分を表現できる手段を持っている人が羨ましいと思う今日この頃...
Nikonの終焉 Sonyの台頭
2006年1月11日 Nikonがフィルムカメラの大幅な縮小を発表しました。
最上位機種の「F6」と入門機種の「FM10」、この2機種を除いて生産中止になりました。
デジタルカメラへのシフトだそうですがcontaxに続いて寂しいかぎりです。
この2機種もここ5年位で消えそうな予感がします。
で、2006年1月19日にはコニカミノルタがフィルム関連からの撤退...。
こちらはフィルム、ラボ機器、スキャナー、んでデジタルカメラからも撤退。
皆さん御存知の年賀状プリントや証明写真BOXもこのメーカーだったのです。
どちらも原因はデジタルカメラの価格競争の激化について行けなくなった事。デジタルカメラはシャープやサンヨー等の家電品メーカーも作れるので電気店やディスカウントショップでも売られるようになり、値下げ競争に
なってしまいました。それまではカメラ店のみでの販売だったのですが。
また価格の値下がりも顕著で、発売当初は5万円が半年後には半額なんてこともあります。
また、モデルチェンジや新製品の登場が頻繁になった事も原因だと思います。新製品が出る前に安くしてでも
販売する。価格が下がるので新製品を投入する。まるでイタチごっこみたいになってます。
フィルムカメラだと新機種発売サイクルは入門機で5年、上位機種で10年位だったのですが。

ミノルタのSR1という古いカメラを持っていますがメンテナンスで分解した時、裏蓋の内側に組立責任者のハンコが押してありました。この頃のカメラは電子部品のない機械式カメラなのですが1本のネジ、1枚のギヤの無駄もないそれは綺麗な内臓でした。職人さん達が丹精込めて作り上げたモノ、何か疎かにしてはいけない機械だと感じました。今の大量生産品、消耗品みたいなカメラとは愛着の湧き方が違います。もちろん、このSR1はまだ動きます。たしか私と同い年位だと思います。
日本製品の優秀さ、そして、日本という国が世界に知られるきっかけとなったのはこの時代の機械式カメラからではなかったので
しょうか? 愛着の持てるモノは愛情を持って作られたモノにしたいものです。

コニカミノルタのαシリーズを引き継いだSonyがデジタル一眼を発売しました。
まだレンズの種類は少ないのですがCarlZeissのレンズも別シリーズとしてラインアップしてあるところはちょいと気になります。
デジタル一眼はコンパクトデジカメに比べてまだまだ伸びる商品。キチンと伸ばす気がSonyにあるのかどうか、じっくり見ていこうと思います。赤字になったのでカメラ部門を [切り捨てた] 京セラのようになって欲しくないものです。
不協和音
皆さんはこの音を感じたことがありますか?日々の生活に追われていると不協和音であるはずの音も気にならなくなります。
電子音であったり、機械音であったりしますが、要するに騒音な訳です。
たまに人間が発する場合もあります。 [せき] と [ためいき]です。人によって違うでしょうが私には不協和音に聞こえてしまいます。
どちらも自分の弱さを表現した音だと思うからです。

逆に聞こえるはずなのに聞こえない音もあります。
長崎の実家に私より 2、3才年上の機械式の柱時計があります。毎日ゼンマイをまいてるそうです。
コイツの音は聞こえないのです。〔チック、タック〕 と言ってるはずなのですが、聞こえない...。
子供の時から聞いてるからでしょうか? でも半年ぶりに帰っても聞こえない。不思議です。
電池式のクォーツの音はハッキリ聞こえるのですが...。

最近気づいたのですが、冬の風は 〔ぴゅー〕 と高い音がします。暖かくなると低い音に変わります。湿度の違いかな?
なんか、不思議です。 不協和音とは関係ないかな?
そうそう最後にもうひとつ、小銭の落ちる 〔チャリーン〕 という音。これは間違いなく不協和音だと思う。でも不快に思わず振り向いてしまうのは好奇心が勝ってしまうからだと思う...。